天照大神の姫巫女〜9条と靖国と世界平和〜

天照大神である姫様とその媒体である素人巫女のブログ

美味い酒でもご機嫌♪

さて、昔むか〜し、私がまだ若かった頃の話しです。その頃私は都内の中小企業に転職したばかりで、中途入社1年目でした。その年のクリスマスに社長のコネで都内の某有名老舗ホテルのクリスマスディナーのチケットを頂き仲の良かった同僚達と訪れたのです。
私は田舎者だったのでその有名ホテルを知らなかったのですが、こじんまりとしながらも歴史を感じる風情がありとても落ち着いた素敵なホテルでした。

世間知らずだった事もあり何も分からずにそこに皆と座っていたのですが、流石老舗と言うのかホテルのレストランの中は照明が落とされキャンドルライトが点り大人のクリスマスの雰囲気が漂う中次々とゴージャスで食べた事の無い料理が運ばれ私は緊張しつつも舌鼓を打ちました。そして気の利く同僚の一人がこれまた呑んだ事の無いような美味しい赤ワインを「社長のおごりだよ」と頼んでくれて、皆で乾杯したのです。

赤ワインってこんな美味しいんだ。

若い頃はザルと言われめっぽう酒に強く、普段は居酒屋で「まず生中」とか言っていた私はびっくりしました。

社長、ありがとうございます。
めちゃくちゃ良いクリスマスでした。
(今思えば。)

帰りは本当にほろ酔いで、
「佳い酒は酔い方も違うんだなー。」
なんて鼻歌交じりで千鳥足でした。

「ヒャハハ、佳い酒呑んだー♪」

と、人生最高のご機嫌でレストランを後にしようとした時です。出口付近にクリスマスイベントでくじ引き大会が行われていました。皆も引いた様でしたが、当たりません。

「ヒャハハ、こんな旨い酒呑んだの初めてだよ〜ん。私、今サイコーの気分で〜す♪」

「どうぞ、くじ引いて下さい。」

「ん〜?これかな?」

ゴソゴソと箱に手を突っ込む。

私、こういうの分かっちゃうんだよねー、
特に今、サイコーに気分良いじゃん?

あんなに神経が研ぎ澄まされてインスピレーションが閃いた事は無い。

「これだ!!ジャ〜ン!!」

本当に当たりました。

「おめでとう御座います!!
ペアディナーチケットご当選!!」

テルマンが当選のベルをガランガランと鳴らしてくれました。

今思えば、その後の自分の運命なぞまだ知らない若かりし日。

だからこそ、だったのかあんなにインスピレーションが閃いたお酒はありませんでした。

今はすっかり向精神薬(抗精神薬?)の影響を受けてしまい感情が平坦で冷たい気がします。笑ったり怒ったりする場面では意識していないと無表情になっていたりするんじゃないかと思っています。たまに、世界の終わりでも無表情で居るんじゃ無いかと心配になる。

私の場合、寝不足と怠薬と怒りの感情、あと女性ホルモンのバランスと貧血が統合失調症の陽性反応を引き起こす様です。

でも、あの時の様な美味しい酒を飲んで最高にご機嫌になれたら宝くじが当たるんじゃないかしら?

なんて、そうはならないところが
「世の中上手く出来ているなあ…。」
と、思わずにはいられない。

百人一首からの思わぬ繋がり

こともがな、

だけ思い出してスマホで調べてみる。
百人一首の和歌であった。

あらざらむ
この世の外の 思ひ出に
今ひとたびの 逢ふこともがな

訳)
わたしはもうすぐ死んでしまうでしょう。 わたしのあの世への思い出になるように、せめてもう一度だけあなたにお会いしたいものです。

作者は和泉式部という女性歌人で情熱的な恋多き女性であったらしい。
何故、この和歌の「こともがな」だけが頭に浮かんだのだろうか?私も年が明けて既にアラフィフ世代である。まだ、長生きしたいと思う気持ちはあるが「あらざらむ(死んでしまうでしょう)」なんて縁起でもない気がする。ただ、自分もそういう状況になったらもう一度誰かに会いたいと強く思うのだろうか?

ちなみにこの和歌は、後拾遣和歌集 恋 に編まれており、詞書(ことばがき)に「ここち例ならず侍りけること、人のもとにつかはしける」と書かれているそうです。

訳)病気で死の床に就いている時に、心残りを歌に託して男のもとに贈ったということです。

百人一首と言えば、天照大神である八条院暲子様のお父上である鳥羽天皇が詠んだ、

と、ここまで書いて間違わない様にまたスマホで調べてみた。

それがまた、初めて目にした時からなんて気持ちが伝わる良い句だろうと思った和歌なのだが、

瀬をはやみ
岩にせかるる滝川の
われても末に逢はむとぞ思ふ

訳)
流れが速いので岩にせきとめられた滝川が割れても末には合わさるように、あなたと今別れても行末にはきっと逢おうと思うことです。

この和歌を詠んだ方は八条院暲子様のお父上ではなく18歳年の離れた兄上様 崇徳天皇であることが分かりました。

私がこの崇徳天皇の項目を読んだのは因みに今日が初めてですが、何か怖い事が書いてある。

鳥羽天皇の第一皇子。母は中宮・藤原璋子(待賢門院)。譲位後は新院。その後、 平安時代末期の1156年(保元元年)に貴族の内部抗争である保元の乱後白河天皇に敗れ、讃岐に配流後は讃岐院とも呼ばれた。日本三大怨霊の一人として知られる。(Wikipediaより)

保元の乱で讃岐に配流?
日本三大怨霊って、、、?

ちなみに私の両親は2人とも讃岐(香川県)出身です。
姫様の兄上様が怨霊?(天皇上皇、院とありますが、このブログでは専ら崇徳様とお呼びします。)

保元の乱を調べてみると、鳥羽上皇崇徳天皇を叔父子と呼んで忌み嫌っていた事を知り祖父の代からの確執があった事や、死に目にも会わなかった事、その後の保元の乱崇徳上皇が政敵・後白河天皇の策略で敗北し味方だった公家や武士も実権を失って数百年ぶりの死刑・斬首となった、とか、凄まじいな。

以下、文章をお借りしました。

崇徳上皇は讃岐に配流された後、讃岐国で仏教を心の拠り所とし、五部大乗経(法華経華厳経・涅槃経・大集経・大品般若経)のお経を書き写しました。そして乱の犠牲者の供養と自らの反省を表すため、「私の代わりに、この写本を京の都に収めてもらえないだろうか」と後白河天皇に頼みます。
しかし、後白河天皇は「呪いがかかっているのでは」という身も蓋もない言い方で写本を受け取りませんでした。これには崇徳上皇も激怒し、舌を噛み切ったその血で国を呪う事を写本に書き足し、亡くなってから怨霊になったと伝えられています。
「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」
「この経を魔道に回向(えこう)す」
江戸時代には、物語のネタとして崇徳上皇の怨霊が使われるようになり、怨霊伝説が定着していきました。
(OIRAN TAIKEN. com様より拝借致しました。)

え、崇徳様、
今、どう思われてるの?

と、恐る恐る話しを聞いてみました。



わたしの言葉を書いてくれるのか?

わたしは、崇徳である。

何も心遺りはない。

わたしもまた、姫巫女のように

あやかりたく思う。

そうだ、姫巫女、

そなたのように

労わる気持ちを

持ちたいものよ

私の言葉は

それだけだ

あの惨禍

あれは、

我が

見たかった

光景では無いな

わたしは

いつも

愛に

飢えていた

姫巫女

わたしは

そなたを

ずっと

見ていたよ

愛すべき

女人である

言わずもがな

愛すべき

女だ

あらら、日本三大怨霊の1人に愛されてしまった。
しかし、何と酷い歴史であろうか?
保元の乱をググって解説動画も見たが、その後に武士の世となり崇徳上皇の呪詛通りになった、との記述も目にした。令和の今の世でも国民が主権であり、天皇は国民の象徴とだけなっているでは無いか。

天照大神であり、八条院暲子様と思われる姫様も、
「妾が最も気にかけていた事なのじゃ」
と仰せになった。

しかし、今になって平安末期にその様な恐ろしい出来事があったなんて知らなかった。
学校で日本史を習ったはずだが、それから30年以上経っているのに、今回「こともがな」から凄まじい連鎖が起きて驚いています。


更新がかなり気ままですが、いつもありがとう。

男性嫌悪(ミサンドリー)ふたたび?

最近のニュースの絵面、字面を見ると胸糞が悪くて吐き気を催す。

今、しかし孤独死だけでなく孤立死という言葉もあるそうで私も他人事では無いが周囲に見放され故意に看取られる事なく独りで亡くなる方も少なくないそうです。近しい人からも関わりを拒絶され独りで亡くなってしまい長いこと誰にも気付かれず、という事もあるのだそうです。

なんでかな?

なんでこんな世の中になったんだ?

私の男性嫌悪のせいだろうか?

そう考えてしまうのは自意識過剰だろうか?
私は確かに男性嫌悪をしているが、しかし男性にも色々居て尊敬出来る人もきっといらっしゃるだろう。

しかし、最近のニュースの絵面、字面を見ると胸糞が悪くて…。

いつか笑える日が

更年期のババアが何をぬかすか、と言われそうだが、
私が思うに、男も女も
互いが世間一般的な幸せを構築出来ない人生を送っているのを見て「ざまあみろ」と思っているのではないか?と、思いたくなる秋。
まあ、男女間の関係は植木鉢の苗と一緒で水をやらねば育たないし肥料もやらねば花も咲くまい。
しかし、私は誰からも本気で憎まれる筋合いは無いと思っているし今は苗に水をやる気にもならない。むしろ苗を引っこ抜いて燃やして捨てたい気持ちである。
私はこのブログでカミングアウトしたように世間一般で言う普通ではないかも知れないが、好きでそうなったのではない。
偏見に晒されて生きるのは屈辱だが仕方ないのだろうか。自分の無垢だった部分がこの歳になって腐っているのは分かるが今はそういう時だろうか。
神か幽霊か、私の人生をよく知る「スサノオ」と姫様が呼ぶ男の人物はこの様に申された。
「今はそういう時だ、姫巫女。」
私は神か幽霊かなんか知らんが男のその様な存在を今まで有り難くもなんとも思っていなかったが、今はそう言われてそう言えばスサノオが居たなと、そうか、そうかもな、と今になって有り難みを感じるようになった。スサノオが居なかったら私は本当にキ〇ガイか犯罪者になっていたかも知れない。その位、私の男性嫌悪は根深い。

いま戦争に寄せて〜神のみことば

姫様、イスラエルパレスチナでまた戦争が起きました。どうしたら良いのかもう分かりません。

妾じゃ、姫巫女
そのように申さずとも
妾には
分かっている
あのような、
妾には
分かっているのは
妾には
あの者
エスキリストじゃ
あの者から
話しを致そうぞ

わたくしめは
姫巫女さまの
お身体に
のりとって
お伺い致したいのは
なんでありますか?
わたくしめは
誠にいた悔しく
あのような
さだめとなったこと
いた悔しく
解決の糸口は
誠に
この言葉

汝、隣人を愛せ

この言葉
それだけでございます

わたくしめは
愛している
ただそれだけ、
憎しみは捨てよ、と
そのように
申し奉りたきよう

わたくしめは、
パレスチナ
いかようにも
愛して止まぬと
申して欲しい

汝、愛せ、

神の御言葉
分かっているであろう

わたくしめは
キリスト
間違いない、と

今しばらく
姫巫女さまにて
みことば
奉りたく

エスキリスト
〇〇名(幼名?)いぐあるざるイエスキリストと
そのように申して頂ければ
信じてもらえるでありましょう。


戦争についてはどのようにお考えですか?

わたくしめは、神の子
尊ばれましたが、ただの男でありました。
わたくしめは、
ただのひとつも
教えなかった。
あのアイェルサレム
あの場所で
ただのひとつもそのように
憎むこと
教えなかったはず

ただ、あなた様の
口をお借りするならば

汝、愛せ


そのように
言いたいのでございます。

もう良い、姫巫女
では、
イェルサレムのそなたは
下がってよい

妾には
そなた、
天照大神
心配じゃ

そなた、
大丈夫であろうか?

姫様、きっと
日本のこの様な片隅で
何だかわからない
ただの女が
書くブログなど
目に留まりますまい。

それは、そうじゃ
が、万一
そなたの身に何かあれば
妾は
今度こそ
そなたを連れて参る

魂を抜くのですか?

それもありうる。
姫巫女、話しは
終わりか?

いいえ、イスラムの神様にも
みことばを頂きたいのですが、
宜しいですか?

妾は心配じゃ。

でも、姫様
このままでは戦争がいつまでも終わらないのです。人々もどのようにしたら良いのか最早分からないのかも知れません。
私は外国の事は無知なので何も分かりませんが。イスラムの神様とは、いずこにおわすや?

宜しい姫巫女、
わたしが教えて差し上げよう。
わたしはそなたの言う
イスラムの神だ。

名はエイブラハム
愛しているのだよ

我が名はそなたを
護るであろう。

今、我がヤスラムは
戦争をしていると
申したね

我がヤスラムは
あなたの
我が身を顧みない
その行為を
敵とみなし
傷つける恐れがある。
我が身は
私が護ろう

あなたの言う通り
私は
あのような行いを
悲しんでいる。

人を傷つけては
ならないと
言ったはず

だのに、ヤスラムは
何故血迷った行いをしているのか?

富におぼれ
人を殺めるなど
我が耳を疑う

神の言葉ぞ
恐れ慄け

我が名は
エイブラハム

この名を
忘れるな

もう良い、姫巫女
天照じゃ

そなたの身には
荷が重すぎる

姫様、外国に干渉するような事を
日本の一個人のブログであっても
書いてはならなかったでしょうか?

もう良い、
そなたの運命じゃ
神の愛は
普遍であるぞ

そなたは
妾じゃ姫巫女。

もう眠って良い。

ミサンドリー(男性嫌悪)

絶賛、男性嫌悪中である。
更年期のせいかも知れないが。

「男性嫌悪」
それしか思い浮かばない。
しかし、裏を返せばそれだけ男性に何かを期待していた自分がいるのだろうか!?
否、私は男性というものをある程度信頼していたのだがその返礼が偏見に満ち満ちたものだからと気づいてしまったからだろう。

あり得ない。

今は、自分そういう時なのだろう。

我、愛ゆえなり

我愛ゆえ也
靖国天照大神
奉るべし

まるでピタゴラスイッチ(ルーブ・ゴールドバーグ・マシン)の様に物事には順番があり、私の番は今までなかなか回って来なかった。しかし令和の今ではこうして自分の経験や本音や障害の事、姫様の事などをインターネットを通じて赤裸々にブログに書く事が出来る様になった。アナログな昭和生まれの私には有難い事ではある。この先がどんな未来なのかはとっくに純潔では無い私には最早見通せないのだが、昨今の社会情勢や異常気象によって人々に深刻な被害が出るのを見るにつけ(関連性や科学的な根拠は全く無いのだが)「早く天照大神靖国神社に祀ってくれないかなぁ…。」と考えてしまうのだ。人々の不安を殊更煽って書く訳では無いが、この処の自然災害や社会不安はそれが原因なんじゃないか?と心配になる程世界中で巻き起こっている。

昔、小さい時にこう思った事がある。「自分の様な変な子供が居ると何か天変地異が起こるのでは無いか?」とすごい不安にかられたのだ。神様が祟るとか荒御魂なんて言葉もまるで知らなかったが、ありそうで一番怖かったのは大地震である。しかし学校ですぐに地震の起こる仕組み(プレートテクトニクス)を学習し思ったのは「どうやら現代では地震は科学的解明が成されている様だから私のような変な子供でも大昔の様に魔女狩りにあって火あぶりの刑とかにはならないだろう。」という自らの保身であった。その頃、地震大国日本では将来必ず大地震が来るとテレビや新聞で頻繁に言われており授業参観の作文にも半数以上の生徒が「地震について」とか「大地震が来る」と書いて発表していたのを記憶している。私もその内の1人で、こうなると「姫巫女の予言」なんてとても言えたものではなく例えば「私姫巫女だから将来大地震が来るよ!」と言って原発施設に押し掛けて行ったとしても一笑に付されてつまみ出されるのが関の山であったろう。
そして、その後各地で大地震が起こったのは記憶に新しい事実である。

天照大神靖国に祀っていないから異常気象なんだとか社会不安をますます煽るような迷信の脅し文句を言いたい訳では無いが幼い頃から姫様に「ひめみこ」と呼ばれる私には早く天照大神靖国に奉って頂くかもしくは靖国神社を国に返還する順番が回って来ないかと待ちわびている事をこのブログを訪れた方々には忘れないでいて欲しい。私は今のところ正気で真剣である。

私の幻聴

たまに統合失調症を患うが故なのかこんな声が聞こえる事がある。
「苦手なタイプ」
「ざまあみろ」
とか言う私に対する悪態である。
何が言っているのかは謎だが、恐らく生きた人間では無いのだろうと私は思う様にしている。例えば、エレベーターでドアを閉めようとボタンを押して、閉まりかけでもやっぱり2回開いたり、統合失調症の陽性症状の時にはトイレの電気が付いたり消えたりした事もある。人体は電気を帯びるので激しく感情が動いた時に火花が出たりした事もあった。(しかし、アニメの様に空を飛んだり手からカッコよく光線が出て全てをなぎ倒すとかはない。)

幻聴は脳内物質ドパミンを受容する私の脳内の受容体の問題なのかも知れない。しかし、そう言う謎の声は大抵は油断して無意識に俗物の思考をしている私に対する悪態の様だ。最近は聴こえたら頭に来てテレパシー(?)みたいに言い返してやったりする余裕が出てきてしまった。
「ふざけんな、ばーか。誰に向かって言ってやがる。」
「テメー、誰のおかげなのか分かってんのか?」
とか、決して声には出さず罵詈雑言を頭の中で言い返してやるのだ。そうすると大抵は押し黙るか、中には根性の悪いのもいるのだろうか?最後は姫様に救いを求めると「はい、すみませんでした。」となる。まあ、私の周りにいる御霊やらなんやらは大抵私に対して礼儀をわきまえているのでそれはそれで良い。

私自身、姫様や英霊のお姿を清らかな幼い頃に視ているので幽霊は存在すると確信しているのだが、現代の日本社会ではあまりそう言う人は居ない。タブー視と言うか、この世の全ては科学的立証が無ければ、無いと言う切り捨ての判断である。それか、こう書くと語弊があるかも知れないが「あるのか無いのか分かりません」という茶化しのスタイルである。しかし世界は広く「最近家の近くで幽霊をみましたか?」と言うアンケートを大真面目に政府がとる国もあるらしい。それはそれは信心深い仏教国だったと記憶している。目に見えないものは無い、と言う切り捨ての社会や茶化したおふざけより目に見えないものでもあるかも知れないと純粋に信じる心の方がすごく尊いし許容範囲が広くて居心地も良さそうである。特に私みたいなマイノリティは。

脳裏に浮かぶのは…

一般市民の私はこのブログで色々と革新的な事を書いているが、一般市民では無い人のこのブログに対する反応は嘲笑と侮蔑である事は理解している。それは、現代人としてはまともな反応とは思う。このブログは特に閲覧制限もしていないし誰でも読めるから中には公人もいるかも知れないね。

私見で靖国神社の在り方について書く

私見ではあるが、終戦の日とされる今日書かせて頂こうと思う。靖国神社についてである。
今の靖国神社の在り方はやはり呪いとなってしまっているのだろうか?ウィキペディア靖国神社を調べてみると、この様な記載がある。
靖国神社は単立神社として神社本庁との包括関係に属していない。これは「靖国神社は日本国の護持の神社であり、いつかは国に返すべきなので、特定の宗教法人の包括下に入るべきではない」という靖国神社神社本庁双方の判断によるものである。』
この様な知識は恐らく大半の日本人は知らないのでは無いだろうか。神社本庁に属さない神社。海外からは戦争神社とも呼ばれる事があるらしい。日本の軍国主義の象徴の様に映るのだろう。現在でも政治家が個人的にであっても参拝すると嫌がる人々がいるのが事実である。
終戦(昭和20年、1945年)から78年が経ち、先の大戦を知る世代も高齢化している。当時の貴重な記憶や記録を全てそのまま留め残す事は難しくなっていくだろう。戦争を経験していない世代は平和の重大さを伝えられていても義務教育で靖国神社の歴史や詳細は何も教わっていないし令和の現在でもそれは変わっていないのではないかと私は思っている。何故ならそれは、日本がまた戦争をする国にしない為の米国の布石であったからに違いない。特に国家神道を軸とした日本の軍国主義と国体の在り方は大いに問題視され様々な議論があり最終的に神道指令※が発布された。
神道指令とはGHQが日本政府に対して発した覚書「国家神道神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」(SCAPIN-448)の通称である。覚書は信教の自由の確立と軍国主義の排除、国家神道を廃止、神祇院を解体し政教分離を果たすために出されたものである。(過去記事『ローマ教皇靖国神社』より。元はウィキペディアより。)
ローマ教皇と靖国神社 - 天照大神の姫巫女〜9条と靖国と世界平和〜

しかし「靖国神社は日本国の護持の神社であり、いつかは国に返すべき」とあるので、いつかは神社本庁に帰属され包括されるのだろうか?
今のままでは…私などがこの様な事を申し上げても良いのか分からないのだが…何と言うのか…、お国の為に命を捧げたが故にお国を許せずに存在している神社、に見えてしまうとは言えないだろうか?以前にも書いたのだが靖国神社は戦死した後、御霊が英霊として奉られる為の神社であった。先の大戦でも「靖国で会おう」と誓い合って幾万の無辜なる人々が命を賭したのである。戦争で死ぬ為の神社。しかしその様な事はもうあってはならないのでは無いか?もちろん戦後には靖国神社自体の存続の議論も長い間あったらしい。しかし、それは日本人の心の拠り所として存続を認められたのである。それを否定する訳では無いが靖国神社の存続を認める替わりに国家神道が廃止されたとも今では言えなくも無いような気がする。(国家神道の復古を言っている訳では無い。)

私が靖国靖国と書き立てるのは、靖国神社が今のままの状態ではまるで戦死した方々がお国を許せずそのまま独立して存在している怨霊神社の様に仕立てられてしまっていると感じるからである。そして直に英霊方と接した私から言えばその様にしてしまっているのは奉られている英霊方が本当に国を呪う怨霊だから、とかでは全く無く、何を隠そう今現在を生きる命ある我々の所為になってしまっているのではないだろうか?と思うからだ。靖国神社の在り方など興味関心も無い、記憶の彼方に封じ込めたいもしくは逆に戦争で大切な人を失った悲しみ、想像を絶する悲劇を体験した人々の負の記憶によって靖国神社が今の宙ぶらりんな状態になってしまっていると言えないだろうか?しかし私には何も慰める様な言葉は書けない。私もこの様な人生で無ければ靖国神社など知らなかったし、戦争だって経験していないからである。

其処が何なのか何も知らなかったが靖国神社を生まれて初めて視た時の衝撃と畏れは一生忘れまい。それは何かがギュウギュウにひしめき合い一帯が青く光って視えた。

『具合が悪くなるのはこのただならぬ気配が怨念などの陰湿なものだからだろうか?と考え、東京にそんなあってはならない場所が?と不安になり、胸を押さえたまま感覚を研ぎ澄ませてみました。いや、これは怨念ではない、何か高潔さ、高貴さすら感じる畏怖の念を感じさせる膨大な何かだ、悪い気配ではないと結論し、少しホッとしました。』
(過去記事、英霊 御母との約束2より)
英霊 御母との約束2 - 天照大神の姫巫女〜9条と靖国と世界平和〜

私は戦争を経験してはいない。だがしかし、子供の頃に天照大神である姫様に戦争で酷くして亡くなった御母方の御霊を身に移されそれから20年後にその御霊が口から出て行ってそのまま倒れ救急車で運ばれたり、姫様ご自身が乗り移って『妾は哀れでならぬ、哀れでならぬのじゃ』と靖国神社で泣き叫んだ事はある。(ちなみに姫様は『あまりに数が多過ぎる』と恐れ慄いておられます。)

その様な、現代社会には属さない狂気の巫女的体験をしたからこそあの様な戦争はもう二度とあってはならないと思うし、何よりも戦死する為の神社になってしまった靖国神社を、多分この世に生まれて来てはならなかった戦争の落とし子の様な私の目が黒い内にせめて国に返して欲しいのである。この様な事は多分この世に1個体余分なのではないか?と自分で考えている私にしか書けるものでは無いのでは無いかと思うし戦争を経験した靖国神社が何であるか認識している世代がいなくなってしまう前に私は心の底から強く皆さんに訴えたいのである。
しかし、悲しい哉、令和の今の世では猫のへそ天が幾万イイね!を集めて話題になっても誰も靖国神社の在り方など何も触れる者は無く、話題にもならず今も宙ぶらりんで放置されているのである。そこに奉られている高潔な英霊方の無念を思えば私は心の底から悲しみと虚しさと憐れみを感じるばかりである。そして涙が出る思いなのだ。

末筆ながら、
このたびの台風被害に際し、心よりお見舞いを申し上げます。また接近中の台風によって被害が拡大しない事をお祈り申し上げます。