天照大神の姫巫女〜9条と靖国と世界平和〜

天照大神である姫様とその媒体である素人巫女のブログ

冬の鬱憤(うっぷん)に。

そういえば暫くこのブログを放ったらかしにしていた。「秋の夜長過ぎる~~」で私が子供の頃の昭和の時代の回顧録みたいな事を書いたが、今回は平成天皇の退位も決まりつつある今…あれ?決まったのかな?…とにかく大人になった今、私が思う事を皮肉な目線で揶揄しようと思う。
「揶揄(やゆ)する」とは、おちょくるとか当てこすりを言う事である。このブログは私の精神の安定の為のはけ口でもあるので、どう思われようが良い事にする。

私は1月産まれだ。年明けには42歳になる。心身共に最盛期は過ぎ、容貌も衰えてきたがまだ元気なつもりである。私は13歳の時に自分の進路だとか将来を推察した事があるが、多分ロクな人生では無いだろうと分かっていた。友人にそう話すと目をパチクリして「なんでそんな事言うの?」と言われたが実際に世間一般的な幸福は成し得なかったと言えよう。例えば、職のある男性と結婚し子供を産み犬を飼って白い家に住むようないつか聴いた歌のような幸福である。しかし、昭和の一億総中流世帯みたいなそんな懐かしい匂いがする幸せを今現在の我々は一体何割が手にしているだろう?私の周りにいるのは過重労働の一部の家庭人、ワーキングプアー、ニート、障害者(自分を含む)、生活保護を受けている人、年金生活の老人、日本には震災の被災者だってまだ仮設住宅に住んでいる。そんな中で果たして結婚・出産・一戸建て・犬・などと言えるだろうか?言えた方はそれはそれで良いのだが、人は100%幸福は無いだろう。

「四苦八苦」とは
非常に苦労すること。たいへんな苦しみ。もと仏教の語で、あらゆる苦しみの意。▽「四苦」は生(しょう)・老・病・死の四つの苦しみ。「八苦」は「四苦」に愛別離苦あいべつりく(親愛な者との別れの苦しみ)、怨憎会苦おんぞうえく(恨み憎む者に会う苦しみ)、求不得苦ぐふとくく(求めているものが得られない苦しみ)、五蘊盛苦ごうんじょうく(心身を形成する五つの要素から生じる苦しみ)を加えたもの。


そもっそも、日本人は頭がおかしいに違いない。昔からやれ戦さだ戦争だと言っては、女を孕ませ産まれたのが男なら戦地へと送り込んだ。誠に罰当たりな民族というのか、習性というのか。そして挙句には第二次大戦時の軍国思想に染め上げられ、自分の意に染まらぬ弱者には暴力によって支配したのだ。私は男尊女卑の事を言っているし、DV(家庭内暴力)の事も言っている。手は上げずとも、怒鳴り散らして相手を萎縮させ場に君臨する事も暴力に含まれる。性別や国籍など最早不毛だ。全て自らの種を家畜とした戦争のやり方、考え方である。そしてそれに気付かない愚かさ。

全てが天照大神の所為だとしても
全く以って後の祭り、
後は野となれ山となれ。だ。

あの焼け野原の、広島・長崎の光景を、草の根をかじる子供の写真を見て私は自分は人が言うような幸福は授かるまいと思ったのです。